My Life
ハードカバー
Random House, New York
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2004/06/23
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オーディオ・クリップ
Bill Clinton discusses his life goals and how his parents met

Bill Clinton describes meeting President John F. Kennedy as a teen

Bill Clinton relives the day he watched Martin Luther King Jr. give his "I have a dream" speech

Bill Clinton describes his conciliatory final moments with his ailing stepfather

Bill Clinton talks about marriage and life with Hillary

Bill Clinton remembers his last day in the Oval Office

ビル・クリントン年表&発言

1976: クリントン、最初の政治レースに勝ち、アーカンソー州法務長官になる。
1978: ア-カンソ-州知事に当選。当時では、米国最年少の州知事となったが、1期だけで再選ならず。
1982: 再度知事に当選。5期連続知事を務める。
1992: 国内問題、とくに沈滞するアメリカ経済を取り上げて大統領選挙を戦い、ジョージ・H・W・ブッシュとロス・ペローを破って当選。

「アメリカ国民が政治家を憎むのは当然だ。毎年、政治家の公約を聞かされているが、いつも選挙戦のための幻想に過ぎず、国を動かすものでないことを知っているからだ」
(クリントン候補、1992年8月21日、デトロイト経済クラブ)


1993: 北米自由貿易協定(NAFTA)批准。米国、カナダ、メキシコ間の貿易が自由になる。

「大統領は1人にしかできない仕事である。そして次の4年、その1人になるのはヒラリーである」(ダン・ラザー、クリーブランド・プレーン・ディーラー、1993年1月15日)

「トーマス・ジェファソンは国家創設の基礎を維持するには絶えず大改革が必要であると言った。国民のみなさん、今度は私たちの番だ。それを銘記しよう」(ビル・クリントン大統領の就任演説、1993年1月21日)


1994: 中間選挙で共和党が40年ぶりに上下両院の多数を制し、予算をめぐる攻防が激化、政権運営に停滞が生じる。

「クリントンが今言っているのは、その通りのことを言っているのだ。 しかし、あ す正反対のことを言っても、それもその通りのことを言っているのだ。彼はその時々 を恐ろしく真面目に生きる実存的大統領である」(マイケル・ケリー、ニューヨーク・タイムズ・マガジン、1994年7月31日)


1995: クリントン、オハイオでデイトン和平合意を取りまとめ、バルカン諸国に暫定停戦をもたらす。

「クリントン政権は、かつてない素早さで人種紛争の泥沼に足を踏み入れた。その点で、新たな室内記録を作った」(ハワード・カーツのコラム、ワシントン・ポスト、1995年3月26日)


1996: ボブ・ドール、ラルフ・ネーダーを破り、大統領に再選される。

「アメリカはわれわれに大きな物を求め、それを得る資格がある。小さい物から大きな物が出たことは決してない。バーナーディン枢機卿の不滅の英知を忘れまい。彼は死を前にして言っている。過激と分裂で貴重な時を無駄にするのは間違いである、と」(クリントン大統領の第2期就任演説、1997年1月20日)


1998: 12月19日、ホワイトハウス見習い職員モニカ・ルインスキーとの情事に関して偽証、権力乱用、司法妨害に問われ、下院の弾劾決議を受ける。

「8月の大統領謝罪よりプロレス中継にテレビ・チャンネルを合わせた米国内の世帯数、6,379,000」(ハーパーズ・インデックス、1998年11月)


1999: 2月、基本的に党方針に添った上院の投票で、クリントンは弾劾を免れる。

共和党多数の下院に協力して、クリントンは1969年以来初めて、連邦予算のバランス をはかる。

「彼が好きであれ、嫌いであれ、その打たれ強さは前代未聞である。政治挌闘家としては大物のひとりである」(ダン・ラザー、CNBCNのリベラ・ライブでヘラルド・リベラに対して、1999年7月8日)

「20世紀に入って光は薄れてきたかもしれないが、アメリカはなお日の出である」 (クリントン大統領、ロナルド・レーガン国際貿易機関、1999年12月31日)


2000: クリントンの長々と続いた政治口論のあと、中国は世界貿易機構への加盟が許され、広大な市場が米国と世界の産品に開かれる。
2001: 世界の人々が地球相互依存時代に適応するのを助けるために、ウィリアム・J・クリントン大統領基金が創設される。

「われわれは21世紀を人類史上最も平和で繁栄の楽しい時代にする知識と手段を持っ ているのでる。問題はわれわれに英知と意志があるかだ」(クリントン、2001年12 月18日、ロンドン教育研究所で元大統領が行ったディンブレビ記念講演から)




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